IPMとは、「殺虫剤だけに頼らず、原因調査・環境改善・捕獲・薬剤を組み合わせて害虫を管理する考え方」です。
害虫対策 = 殺虫剤で駆除?
お家や職場でゴキブリやアリなどの害虫に困ったとき、どうしますか?
まずは殺虫剤を買ってきて駆除することが多いと思います。それで問題がすぐに解決すればよいのですが、期待した通りの効果が得られないことも珍しくありません。それは、殺虫剤が効かないのでしょうか?それとも、別の原因があるのでしょうか?
殺虫剤の選び方に問題があるケースと、そもそも殺虫剤だけでは解決が難しいケースがあります。実際には、後者の方が多いでしょう。
では、どうすればいいのでしょう?網戸を直すべきなのか、清掃を徹底するべきなのか、それとも強力な殺虫剤を使うべきなのか――。
色々な方法が思いつきますが、道すじがはっきりせずモヤモヤしますね。今回は、殺虫剤以外の方法を組み合わせた害虫対策の考え方をご紹介し、お客様の問題解決のヒントになればと思います。ネズミも考え方は同じです。
プロの考え方:総合的有害生物管理【IPM】
害虫やネズミなど有害生物対策の基本的な考え方として「IPM」があります。「Integrated Pest Management」の略で、日本語では「総合的有害生物管理」と訳されます。「Pest(ペスト)」は中世ヨーロッパで大流行した黒死病のような疾病としての「ペスト」ではなく、ゴキブリやネズミ、ヤスデなどの有害生物全般を指します。有害生物を殺し尽くすのではなく、有害生物の「害」を許容範囲内になるよう制御して管理していこう、という考え方です。「総合的」というからには何と何が集まって総合なのかというと、次の3つの対策を組み合わせることを指します。

- 環境的対策 :そもそも害虫による問題が起きにくくする対策
- 物理的対策 :化学によらず害虫を減らす対策
- 化学的対策 :化学物質で害虫を殺虫・忌避させる対策
身近な例で具体的に考えてみましょう。
例:レストランのゴキブリ対策
※レストランにゴキブリが多いというわけではありません。あくまでイメージしやすい例です
環境的対策
- 厨房内をしっかり清掃し、ゴキブリのエサになるような食品ゴミを減らす
- グリストラップなど排水設備を清掃し、ゴキブリが寄ってくるような臭いを減らす
- 屋外とつながるドアはパッキンを補修し、ゴキブリが侵入してくる隙間を減らす
物理的対策
- 粘着トラップを置き、侵入・発生したゴキブリを捕獲する
- ハエたたきで、目の前のゴキブリを駆除する
化学的対策
- バルサンやゴキジェットのような殺虫剤で、ゴキブリを駆除する
- コンバットのような毒餌で、ゴキブリを駆除する
- 天然成分の忌避剤で、ゴキブリの侵入を防ぐ
色々な方法が思いつきますが、どれが最も有効でしょうか?
清掃は良さそうですね。エサがなければ害虫は生きていけないでしょう。隙間塞ぎも良いですね。外から入ってこなければ中では増えませんから。捕獲も良さそうです。ちまちました手間が面倒だったら、定期的に殺虫剤で全滅させればよいかもしれません。
しかし、現実的にはいずれの方法も、1つを完璧に実行するのは極めて難しいでしょう。
製造機械の分解洗浄を日常的に行う食品工場とはちがい、飲食店では限られたスペースに調理器具や冷蔵設備が並んでおり、食品カスを毎日完全に除去するのは現実的には難しい場合もあります。
捕獲は確率の要素が大きく、近くを虫が通ったからといって必ず捕まるわけではありません。
家庭用殺虫剤は安全性や使いやすさを重視して作られているため、使い方や状況によっては十分な効果が出ないこともあります。また、発生原因が残ったままでは再発しやすく、繰り返し薬剤を使うことになりがちです。それに加えて、殺虫剤はやはり「毒」ですから、あまり多量に使えば健康への影響も心配です。
1つを完璧にするより、いくつかを組み合わせる
安全に、かつ、高い効果を得るためには、3種類の対策を組み合わせて実施することが必要です。
- 清掃や隙間塞ぎをして、ゴキブリが侵入しにくい・増えにくい環境を作る
- 粘着トラップなどで捕獲して数を減らすとともに、生息状況(多い/少ない)を知る
- 今いるゴキブリは殺虫剤で駆除して、次世代が増えないようにする
1つを完璧にするよりも費用や手間は少なくて済み、高くて長い効果が得られるはずです。対策の目的が整理されることで、やみくもに試行錯誤するよりも落ち着いて対応しやすくなります。現在地からゴールまでの距離が同じだとしても、迷子になって彷徨うのと、現在地と道すじが分かっているのとでは、不安の大きさはかなりちがいますよね。
このように、複数の角度からアプローチするのがIPMです。
IPMの背景
当たり前じゃないか、「これ1つだけでOK!」なんて信じてないよと思った方もいるかもしれませんが、これには深い経緯があります。
IPMはもともと農業分野で生まれた考え方です。数十年前、農業では害虫対策として農薬を大量に使用していました。レイチェル・カーソン著『沈黙の春』で警鐘が鳴らされたように、農薬の大量使用は多大な環境破壊や健康被害を生み出しました。また、薬剤抵抗性をもった害虫も現れ、より強力な殺虫剤を使うようになり、さらなる環境破壊につながりました。その反省から、殺虫剤のような自然環境や健康に大きな負荷を与える「化学的」方法だけでなく、物理的に捕獲したり、害虫が発生しにくい、集まってきにくい環境を作るということが重視されるようになりました。
つまり、IPMの最も大きな目的は、自然環境や健康を守ることです。虫による「害」の予防と発生予察を重視するやり方で、持続可能な農業と生態系の保全を目指すものです。しかしそれだけでなく、IPMの考え方で対策を実施することで、問題の根本解決への道すじを描けるようになりました。
殺虫剤を使わない選択をする場合、IPMは関係ないでしょうか?いいえ、そんなことはありません。自然環境や健康への影響の大小に関わらず、困っている問題を解決するためにはIPMに沿って対策するべきです。先ほど述べたようにとても合理的で、実効性があり、現実的だからです。
有害生物管理を考えるときには「農業分野」と、「衛生分野(私たちが暮らす家や店舗、工場など)」を分けて考えた方がよいでしょう(農業分野ではIPMを「総合防除」と呼ぶことが多いようです)。このコラムは「衛生分野」のお話です。農業分野では上記3種類の対策に加え、天敵を利用するような「生物的対策」もあります。衛生分野ではネズミがいるからヘビを放つとか、ゴキブリがいるからアシダカグモを増やして捕食してもらうとかできませんから、生物的対策は通常含まれません。
外部リンク:厚生労働省ホームページ
外部リンク:農林水産省ホームページ
IPMのもう一つの軸
IPMは環境的・物理的・化学的な対策を総合的に組み合わせることだとお話ししました。しかし、実はIPMの本質はこれだけではありません。
3つの対策の組み合わせが横軸だとすれば、次のような縦軸があります。

- 虫や環境を調査する
- 調査の結果を基にして計画を立てる
- 対策を実施する
- 効果判定を行い、評価する
環境的・物理的・化学的な対策は「3.対策を実施する」の部分に該当します。どのような対策であれ、「このくらいの変化が生まれるはず」と予測しておくことが重要です。
まず大事なのは「調査」
- どこに、どんな虫が、どのくらいいるのか
- エサになっているものは何か
- 侵入経路はどこか
- 原因は何か など
問題となっている虫が何なのかは重要です。種類によって生態(どういう生物なのか)が大きく異なり、対策も変わってくるからです。ただし、昆虫は世界で100万種以上、日本だけでも3万種以上いると言われており、必ずしも詳細な種の特定までは必要なく、「〇〇の仲間」で十分なことも多いです。発生場所や好むもの、発生サイクル(どのくらいの時期や期間で次世代が生まれるか)など特徴が大体分かれば対策立案は可能です。多大なコストをかけて種の特定まで行ったとしても、結局対策は同じだったりします。
調査の結果に基づき、先ほどお話しした3つの対策を組み合わせた防除計画を作ります。「防除」は駆除と予防の両方です。この時、計画の目標や維持水準も設定することが望まれます。目標は害虫の種類や現在の状況によりますが、一般住宅だと概ね次のような感じだと思います。
- ヤンバルトサカヤスデが部屋の中に毎日10匹以上出てくるような場合は、「たまに見る」程度に抑える(いきなり0は難しいかも)
- ゴキブリが明らかに室内で増えている場合は、室内では完全に駆除して0にする
- ゴキブリが外(屋外や建築物の別の場所)からも侵入している可能性が高い場合は、完全に0にするのは難しいので、外に面した部分で抑える
- アリが部屋の中に多く出てきている場合は、行列はできないレベルに抑える(1、2匹歩いているような状態さえも完全に無くすのは難しい)
実際には「やってみなければ分からない」というケースや、「事前調査している時間があったら早く駆除するべき」というケースもあります。特にスポット施工では柔軟な対応が必要です。
対策を考える際、現場の調査結果と虫、殺虫剤などの知識があれば十分でしょうか?いいえ、実はここが難しいところで、虫やネズミの行動を完全に予測するのは不可能です。「野生動物=自然」が相手であることに加え、対象生物以外の様々な外的要因も関係してくるため、知識だけでなく経験が必要です。
効果検証
計画を実行した後、目標をどの程度達成できたか、効果検証として調査を行います。できれば、客観的な評価ができるように粘着トラップでの捕獲数など数字で表現できるもので、事前調査と事後調査は同じ方法をとることが望ましいです。ただ、場所や対象害虫によっては捕獲によるモニタリング調査が難しいことも多く、人間の感覚による評価になる場合もあります。
目標が達成できなかったら原因を調査・考察し、もう一度対策を考え直します。目標が達成できれば、維持やさらなる改善に向けて計画を立てます。
たまに、目標よりも結果がとても良いケースがあります。喜ばしいことですが、注意が必要です。たまたまうまくいったように見えても、なぜ改善したのか分からなければ、同じ問題が再発した時に再現できません。環境の変化を予測・制御できなかったとしたら、それは目標を大きく下回る結果になった可能性もありました。
こうした流れを繰り返していくことで、自然環境や健康への負荷を最小限に抑えながら、人間の営みへの「害」も低減させていく手法がIPMです。
まとめ
殺虫剤だけに頼らない害虫対策としてIPMをご紹介してきました。色々な方法を組み合わせる時、一つ一つの方法の意味と位置づけを理解しながら進めるのがポイントです。人間の健康管理と考え方はよく似ていますね。
ただ、殺虫剤で駆除しないことには解決できないケースもあります。また、対策したい生き物の種類や、環境(住宅なのか、店舗なのか、工場なのか)ごとに具体的なやり方は変わってくるでしょう。それらはまた別の機会にお話ししたいと思います。
ではまた!